初星の月村手毬は博學才穎、令和の末年、若くして名を舞台に連ね、ついで美城で一流偶像に成り上がるが、性、狷介、自ら恃む所頗る厚く、賤偶に甘んずるを潔しとしなかつた。いくばくもなく偶像を退いた後は、故山、初星に歸臥し、人と交を絶つて、ひたすら制作に耽つた。偶像となつて長く膝を俗惡な制作人の前に屈するよりは、制作人としての名を死後百年に遺さうとしたのである。しかし、名は容易に揚らず、生活は日を逐うて苦しくなる。手毬は漸く焦躁に驅られて來た。この頃から其の容貌も峭刻となり、肉落ち骨秀で、眼光のみ徒らに烱々として、曾て初星に登第した頃の豐頬の美少女の俤は、何處に求めやうもない。數年の後、貧窮に堪へず、衣食のために遂に節を屈して、再び美城へ赴き、偶像の修行を奉ずることになつた。一方、之は、己をのれの制作人業に半ば絶望したためでもある。曾ての同輩は既に遙か高位に進み、彼女が昔、鈍物として齒牙にもかけなかつた其の連中の下命を拜さねばならぬことが、往年の秀才手毬の自尊心を如何に傷つけたかは、想像に難くない。彼女は怏々として樂しまず、狂悖はいの性は愈抑へ難くなつた。一年の後、公用で旅に出、　聖蹟櫻ヶ丘のほとりに宿つた時、遂に發狂した。或夜半、急に顏色を變へて寢床から起上ると、何か譯の分らぬことを叫びつつ其の儘下にとび下りて、闇の中へ駈出した。彼女は二度と戻つて來なかつた。附近の山野を搜索しても、何の手掛りもない。その後手毬がどうなつたかを知る者は、誰もなかつた。
一方、発端の瑞典の葛城百合は一言「いらない」とばっさり。