ああ……　　


それにしてもネタが出ない……！

冬優子「うーん……」

冬優子「舞い降りた天使が主人公に包帯を差し出す……“大丈夫ですか？”そう、これが恋の始まり……」

冬優子「あ、このネタ前にも使ったやつじゃない……ダメっ……！」


黛冬優子31歳……元アイドルにして現在はラノベ作家……！
そこそこのヒット作を世に送り出し人気作家への道を歩み出した彼女は今……ネタ切れに苦しんでいた……！

冬優子「傷を負った主人公を治療するヒロイン……“ユキノシタさんごめんね……お友達がケガしてるの……”」

冬優子「って、これも使ったことあるし！ダメダメっ！」

冬優子「不味いわ……次の打合せまでにプロットを完成させないと……」

冬優子「なにか……なにかないの……？絞り出せっ……！海馬……脳漿……松果体っ……！」


が……ダメっ……！
絞り出されるのはストレス物質のみ……！
セロトニン……コルチゾール……ノルアドレナリン……！

冬優子「ぐっ……ううっ……！」


机に齧りついて早6時間……！
会話する相手もなく……ただひたすら己の精神と問答……！
必然……！精神に異常をきたす……！

小説家……作曲家……あるいは漫画家……！
いかなる時代においても……作家業はストレスとの戦い……！
故に先人達はそれを解消する方法を模索した……！
ある者は酒……！ある者はタバコ……！

そして……黛冬優子の場合は……！


？？？(ゲヨ……)

冬優子「！？」

？？？(捧ゲヨ……我ニ……)

冬優子「来たわね……久々に……」

？？？(捧ゲヨ！辛キモノヲ！トッポギ！グリーンカレー！エビチリ！スンドゥブ！酸辣湯！！)

降臨っ……！
冬優子の精神に潜む魔物……！

激辛の邪神っ……！

――――――


――――


――

～カレーショップ【ウメーヤ】～


冬優子「あづい……」

冬優子「まったく狂気の沙汰よね……真夏の昼間に外出なんて……」

邪神(シカシ……本当ノメクルメク快感ハ……常軌ヲ逸シテコソ辿リツケル……！)

冬優子「はいはい。会計済ませるからもうちょっと待ってなさいよ」

ウメーヤは会計先払い……！メニューは主に2種っ……！

・ポークカレー(激辛)
・チキンカレー(超絶激辛)

冬優子「これとこれで……」


冬優子……迷うことなくチキンカレーと有料トッピングのナンプラーをオーダーっ……！
何十回と繰り返してきた動きに淀みなし……！

冬優子「お金足りてるわよね……？」

ﾋﾟｯ

冬優子「よしっ」


決済はキャッシュレスオンリー……！
しかし自営業者の冬優子はクレジットカードを持てない……
故に交通系電子マネー……！事前にチャージ済み……！

邪神(フユコ……ミズ……ミズ……)

冬優子「わかってるわよ」

ｸﾞﾋﾞｸﾞﾋﾞ

冬優子「はあーっ！最高♪」


入店したらまず水を一杯……！
炎天下で失われた水分を補い……戦いに備える……

冬優子「すいません、お水のおかわりください」


しかし冬優子……追加の水には口をつけず……
ただこれ見よがしにテーブルに置くのみ……
これこそが激辛ジャンキーの策略っ……戦闘準備完了……！

店員「お待たせしました。チキンカレーです」

邪神(ヲヲ……待チワビタゾ……)


具は手羽元肉、素揚げのジャガイモ、ゆで卵のみ……一見シンプルなカレー……！
しかしその実態は沼っ……！地元の大学生の脳を焼き続けてきた人食い沼っ……！
冬優子はそれをよく知っている……！

冬優子「――それじゃ、行くわよ」


ウメーヤのカレーは決して急ぎ食いしてはいけない……！
手羽元肉をスプーンで丁寧にほぐし……ルウと混ぜて少量ずつライスに乗せて食す……！

冬優子「うっ……！がっ……！」


一口食べるだけで舌が悲鳴を上げる辛さ……！
汗が吹き出し……涙で目は霞み……口内の唾液腺が狂ったように唾液を分泌っ……！
カプサイシン……すなわち辛み成分を過剰に摂取したとき……人体はそれを毒物と判断する……これはその防御反応……！

冬優子「ひっ……ひいっ……！」


しかし冬優子は手を止めない……！
生物としての本能を退け……ただ黙々とスプーンを口に運ぶ……！」

冬優子「み……ず……」

邪神(ヤメロ！死ヌゾ！)

冬優子「わかってるわよ……言っただけ……」


カプサイシンは水に溶けない……！
故に激辛料理と共に水を摂取する行為は……口内全体にカプサイシンを広げるのみ……！
店側もそれを承知してメニューにラッシーを用意しているが……冬優子は注文していない……！ただ目の前に水をいれたグラスを置いているだけ……！

冬優子「水……ダメっ！……飲んじゃダメっ……！辛いっ……！辛いっ……！」


手の届く場所に水がある……が……飲めないっ……！
このマゾプレイが更に辛さを際立たせる……！悪魔的所業……！

冬優子「そろそろ……使うか……」


ここでようやくジャガイモとゆで卵を崩す……！
甘味のある食材がルウに溶け込み……若干ながら辛味を中和っ……！


冬優子「いけるっ……！ふゆはまだいけるっ……！」

邪神(イマダ！ナンプラーヲカレーに！)

冬優子「いいですとも！」

ﾄﾞﾊﾞｯ!


投入っ……！ナンプラー投入っ……！
ついでにナンプラーに漬けられていた生唐辛子を齧るっ……！
圧倒的……！圧倒的辛さ……！
それと同時に広がるうま味……魚醤に濃縮されたイノシン酸……！
今……ウメーヤのカレーは完成形に到達したっ……！

邪神(イケ！フユコ！)

冬優子「おらああああああああああああああああああああっっ！」


辛味とうま味の無限ループ……！
あまりの情報過多に脳は思考を放棄し……麻薬にも似た成分を放出……！

駆け巡る脳内物質っ……！
β-エンドルフィン……！
チロシン……！
エンケファリン……！
バリン…！
リジン・ロイシン・イソロイシン……！


店員(うるさい客だなあ)

冬優子「はあ……はあ……はあ……」

ﾍﾞｼｮｯ…

冬優子「あ～あ……二の腕まで汗でヌルヌルじゃない……」


完食っ……！
そして持参したハンカチで汗を拭い……退店っ……！
腐っても元アイドル……紙ナプキンを大量に使ってテーブルを汚すような真似はしない……！

邪神(ヨクヤッタ……以前ヨリモ成長シテイルノガワカッタゾ……)

冬優子「なに言ってんの。まだ仕上げが残ってるでしょ」

邪神(シアゲ……？)

冬優子……すかさず最寄りのコンビニに入店……！
そして購入……！ポカリスエットとオロナミンC……！


邪神(マサカ……！？)


ポカリを2口飲み……ペットボトルにオロナミンを投入っ……！
完成っ……！即席サウナドリンク……！オロポ……！！

冬優子「キンキンに冷えてやがるわっ……！」

ｸﾞﾋﾞｯ
ｸﾞﾋﾞｯｸﾞﾋﾞｯｸﾞﾋﾞｯ

冬優子「かああ～～～～～っっ！！」

冬優子「整ったアァーーーーーーーーーっ！！」

“整い”っ……！
それはサウナ愛好家の間で囁かれる至高の快楽……！
大量の発汗後に水分とビタミンを急速補給することで体は軽く……！思考はクリアに……！言わば肉体と精神のリセット……！


邪神(シカシソレヲ……激辛料理デ再現スルカッ……！)

冬優子「フフ……こうなると世界が全く違って見えるわね……」

冬優子「どいつもこいつもこの程度の暑さで死にそうな顔しちゃってさ……ふゆはぜ～んぜん平気っ！」


もうひとつ……激辛料理には効能があるっ……
体温を急激に上昇させることで体感温度がダウンっ……
真夏の炎天下ですら涼しげに闊歩することが可能っ……！まさにウイニングラン……！

邪神(強クナッタナ……昔ハ、サイネリ屋ノペペロンチーノデスラ泣キナガラ食ベテイタトイウノニ……)

冬優子「人は成長するのよ。あんたも満足したならとっとと帰んなさい」

邪神(アア……小説ノネタハ、思イツイタノカ？)

冬優子「当然！今のふゆは無敵よ！何が来ても負けたりしないんだから！」

邪神(ソウカ……ナラバ我モ……アンシン……ダ……)


邪神(……)

邪神(…………)

冬優子「――いっちゃったか」

冬優子「さ、仕事仕事！無敵モードのふゆがラノベ界に旋風を巻き起こすわよーー！！」

――――――


――――


――

～翌日～
～Bar【CLOUD NINE】～


ここは元アイドル「斑鳩ルカ」が経営するオーセンティックバー……！
カウンターのみの簡素な店舗ながら豊富なスピリッツを取りそろえ、オーダーカクテルの注文も可……！
まさに大人の社交場……！

しかし今……そのような静謐なムードは見る影もない……

なぜなら……

冬優子『ひぎっ……ぎぎぎいっ……！』

冬優子『アオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン！！！』


ルカ「おいゴラァ！いつまでトイレで騒いでんだ！」

冬優子『ま゛け゛な゛い゛っ……ふゆのアヌスはっ……カプサイシンなんかにっ……絶対ま゛け゛な゛い゛ん゛た゛か゛ら゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっっ！』

ルカ「いいから静かにしやがれ！！」

ｼﾞｬｰｰ
ｶﾞﾁｬ


冬優子「じ……じぬかと思った……」

ルカ「31にもなってケツが焼けるまでカレー食うアホがいるかよ。ほれ、カウボーイでも飲んどけ」

ﾄﾝｯ

冬優子「ずびまぜん……」ﾁｭｰﾁｭｰ

ルカ「お前の辛いもの好き、アイドル時代よりエスカレートしてねえか？いつか体壊すぞ」

冬優子「あはは……ま、原稿はなんとかなったんで……」

ルカ「そもそも何でそんな変な味覚してんだ？」

冬優子「たぶんお爺ちゃんの影響かな……小さいころからよく中華料理屋さんに連れていってくれたりして……」

＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝
『冬優子や……思えば……つくづく狂気の沙汰……』
『わざわざ舌を……肛門を痛めてまで辛いものが食べたいと願う人間の欲求……』
『常軌を逸しておる……そう思わんか……？』

『しかし……本当のめくるめく快感は……常軌を逸するからこそ……辿りつけるっ……！』
『完食した瞬間の歓喜……安堵……快感は……強烈だったじゃろう……？』
『死の際の生は苦しくとも充実し……また死地からの生還はこの世のものとは思えぬほど甘美っ……！』
『その快感にもう冬優子の脳は焼かれた……おそらくこれからの人生は……その快感を追い求める旅になる……！』
『ククク……キキキ……カカカ……！』
＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝

冬優子「――って、ニヤニヤ笑いながら話してくれる人でした」

ルカ「えげつねぇジジイだな」

ルカ「まあ、ほどほどにしとけよ。オメェが原稿落そうが知ったこっちゃねえがウチの常連が減るのは面白くねぇからな」

冬優子「このお店、ふゆ以外の常連なんてほとんどいませんもんね」

ルカ「はっきり言うんじゃねぇよ」

ﾋﾟﾎﾟｯ♪

冬優子「ん？有栖川夏葉からメッセージ？」


夏葉≪久しぶり。来週からブロンコボビーで激辛麻婆ハンバーグフェアが開催されるのだけれど、良かったら一緒にどうかしら？≫


冬優子「嘘！？行く行く！鉄板にソースかけた店員さんがゲホゲホ咽ちゃうくらい辛いんですよね～！サイコー！」

ルカ(……ぜんっぜん懲りてねえな、コイツ)

お　し　ま　い


カレー屋さんのモチーフは早稲田の名店「メーヤウ」です

乙乙！！

俺も激辛好きの邪神なのでニヤニヤしながら読ませて頂いた
狂気の沙汰ほど面白い…！

乙です！

逆に自分は辛いの苦手なので見ていて痛ましい

元アイドル達が集うこの世界観好きなのでこのシリーズもっとみたいですね

乙
食べてる光景が脳内にすげぇイメージできたのにまったく食欲が刺激されなかった…
あと個人事業主でも審査は厳しいけどクレジットカード持てないということは無いのでは?

邪神があんまり悪い奴じゃなくて草

>>46
個人事業主にもいろいろあるけど冬優子のようなフリーランスの作家だとかなり難しいでしょう
ジャンプで専属契約結んでる作家でもほぼ審査通らないそうですし

>>48
なるほど、そんなに難しいんですか…

>>47
元ネタでもツンデレキャラだったからね