【アイマスSS祭2025】意味が分かると怖いアイマス2025
1 : P   2025/08/09 00:02:45 ID:xUQofeJ4JE
 に、挑戦してみようと思う。

 ジャンルは346、765、ちょっとだけ315です。

 お話を先に投下したのち、お話の解説を11日に投下(予定)します。

 それでは、よろしくお願いします。
2 : P   2025/08/09 00:03:06 ID:xUQofeJ4JE
【ママのきもち】


「ママのことを悪く言うのは止めてくだせぇー!!」

 仁奈ちゃんが私の膝枕から飛び起きて、顔を真っ赤にしながら激昂した。
 怒りとも、悲痛ともとれる叫びが、事務所中に響いて。
 空間が、水を打ったようにピタリ、と静まり返った。

 やってしまった、と自分の顔から血が引いていくのが分かる。

「ご、ごめんね、仁奈ちゃん。
 仁奈ちゃんのご家庭の事情も知らないで、私、とんでもないことを」

 仁奈ちゃんのお母さんに、何か酷いことをされていないか。
 温かくてかわいい小さな頭を撫でていたら、ふとそんな不安に襲わて、思わず訊ねてしまった。

「美優おねーさんの口から、そんな言葉聞きたくなかったでごぜーます。
 何も知らないくせに、決めつけねーでくだせえ」

 9歳の女の子の言葉に、何も返すことができない。

 そのとおりだと思った。
 ただの噂を真に受けて、私は、仁奈ちゃんの大切なものを汚したのだ。
3 : P   2025/08/09 00:03:30 ID:xUQofeJ4JE
「ママはそんな酷いやつじゃねーでごぜーます!」

「本当にごめんなさい、仁奈ちゃん」

 私は改めて、頭を下げた。
 仁奈ちゃんの態度から、彼女のお母さんへの想いが痛いほど伝わったからだ。
 それはきっと、彼女のお母さんが、仁奈ちゃんへ愛情を注いだ証なのだろう。

「……仁奈も、美優おねーさんのことを許すでごぜーます」

 私は顔をあげる。
 言いにくそうに、仁奈ちゃんが目線をそらした。

「仁奈も、昔は勘違いしてたです。
 でも、ママの気持ちになったから、分かったでごぜーます。
 ママは、温かくて、大きくて、重かったです。
 ただ仁奈のせーで、冷たくなっちまっただけなのです」

 “自分のせいで冷たくなった”、と。
 なんて健気な娘なんだろう。

 私は慰めるように、慈しむように、ぎゅっと仁奈ちゃんを抱きしめた。
4 : P   2025/08/09 00:03:51 ID:xUQofeJ4JE
【ペーパードライバーなんて言わせない】


 思い切って車の免許を取っちゃいました~。

 さっそく律子さんに報告したら、

「あずささんが車の運転!? 
 無茶ですよ方向音痴のくせに!
 どうせペーパードライバーのまま終わっちゃうんじゃないですか?」

 ですって。ちょっと失礼だと思いませんか?

 さずがに頭に来たので、勢いまかせでちょっと良い新車を買っちゃいました。
 これで運転に慣れて、律子さんの鼻をあかしてあげましょう。
 “どうせペーパードライバーのまま”だなんて、言わせるもんですか!!


 ・
 ・
 ・
5 : P   2025/08/09 00:04:11 ID:xUQofeJ4JE
 あれから1年が経ちました。
 始めはおっかなびっくりだったUターンや高速道路への合流も、もうすっかり慣れたもの。
 今では、律子さんの代わりに運転を任されることもしばしばです。

 私だって、やるときはやるんですよ?
 えっへん!

「……ねぇちょっとあずさ、これ目的地過ぎてない?」

 伊織ちゃんの言葉でカーナビを確認すると、どうやら降りるインターチェンジを過ぎてしまったようです。

 ……油断は禁物ですね。

 でも、慌てることはありません。

 周りに車が無いのを確認して、私はさっそうと、Uターンを決めて見せます。

 どうです?
 私はもう、ペーパードライバーじゃないんです。
6 : P   2025/08/09 00:04:32 ID:xUQofeJ4JE
【自分はすぐに分かったぞ】


「……鳥」

 貴音がプロデューサーを見るなり、そんなことをつぶやいて去っていった。

 鳥?
 焼き鳥でも食いたくなったのかな?

 次の日、貴音はまた、プロデューサーを見るなりつぶやく。

「……豚」

 二十郎ラーメンの日かな?

 また次の日貴音は、蛇、と呟き、

「わたくしもご相伴にあずかりとうございます」
 とプロデューサーに詰め寄っていた。

 ……あれ?
 この流れ、どこかで見たことあるぞ?
7 : P   2025/08/09 00:04:52 ID:xUQofeJ4JE
 これ、有名なコピペじゃないのか?

 “意味が分かると怖い話”ってヤツでそんなのがあったような……。
 確か、通行人が直前に食べたものを言い当てて、その中に『人肉』を食べたヤツがいる、ってオチだったはずだぞ。

 ……ははーん。
 そのコピペを改変して、自分を怖がらせようって魂胆だな?

 きっと次の日、貴音はプロデューサーを見て、「人」って言うに決まってるさ!

 でも自分、すぐにわかっちゃったもんね!

 もうだまされないぞ!
 な、ハム蔵?

 ……あれ? ハム蔵? どこ行った?
 まさかビビって逃げ出しちゃったのか?
 ププッ!! おっかしいの!
8 : P   2025/08/09 00:05:14 ID:xUQofeJ4JE
【フレーバー】


「りーんちゃんっ」

「……志希」

「なんだか元気ないね。
 ハイ、コーヒー。
 あっついから気を付けてねー」

「ありがとう。
 ……ってコレ、化学実験に使うあのビーカーだよね?
 本当に飲んで大丈夫なの?」

「んー?
 いちおー念入りに超純水で洗浄してるから、大丈夫じゃないかなーって。
 ……なんて、冗談だって。じょーだん。
 ちゃんと新品だから、安心してレッツ・テイスト♪」

「……なんでかな。ぜんぜん安心できない……」




9 : P   2025/08/09 00:05:32 ID:xUQofeJ4JE
「……ハナコがね。
 ええっと、実家で飼ってる犬なんだけど。
 最近、様子がおかしくて」

「ふーん。
 どうしちゃったのかなー?」

「とつぜん興奮して攻撃的になったり、吐いたり下痢したりするようになっちゃって。
 やっぱり、病院に連れて行ったほうがいいよね?」

「……うーんとねー。
 ちょっと失礼?
 ハスハスハス」

「えっ、何!? いきなり匂いなんか嗅いで!!」

「……うん、やっぱり。
 凛ちゃんから、少しだけ青臭いフレーバーがする。
 最近、おウチで何か変わったこととかなかったー?」

「変わったこと……?
 ああ、そういえば家全体がなんだか青臭い感じになったかな。
 新種の栽培を始めたとかで。
 あ、私の実家、花屋なんだけど。
 ……でも、何を栽培してるのか、教えてくれなくって」

「あー……。
 凛ちゃん、病院の前に警察いこっか。
 シキちゃんも付き合うからさ」
10 : P   2025/08/09 00:05:56 ID:xUQofeJ4JE
【お見舞い】


 急遽、友人の見舞いに行くことになった。
 久しぶりとはいえ、昔の職場に向かうのは、なんだか妙に気恥ずかしくて困る。

「おう、桜庭」

 しかし、かつて同じ釜の飯を食い、苦楽をともにした元同僚兼友人の顔を見ると、そんな羞恥など、どうでも良いことのように吹き飛んでいくものだ。

「そうだ。新しいCD、聴いたぞ!
 いい曲だな、なんといったって歌詞が良い!」

 おそらく、昨日発売したばかりの新譜だろう。
 もう聴いてくれたのか。

「ありがとう」
 と口にすると、

「お前からそんな素直な言葉が聞けるなんてな。
 アイドルやって、性格が丸くなったか」

 などとしたり顔。

「あいかわらず五月蠅い奴だ。
 やはり来るべきではなかったか」

「冗談だよ。
 またお前の顔が見れて、俺は嬉しいよ」

 と、やさしく笑った。
11 : P   2025/08/09 00:06:22 ID:xUQofeJ4JE
「しかし、医者の不養生とはな。
 情けない」

「そう言ってくれるなよ。
 虫垂炎だ、どうにもならねえよ。
 勤務中に突然なっちまってさ。
 おかげで昨日は病院から出られなかったんだぞ?
 久しぶりにお前と呑む約束をしていたのにな。
 悪いことしたな、桜庭」

「気にするな。
 お前の元気な顔が見られてほっとした。
 退院したら、今度こそ呑もう」

 互いに笑みを交わし、僕は病室を後にした。

 帰り際、むかし同じ現場で世話になった看護師と出会い、少し世間話をした。

「ああ、そうそう。
 先週から、病院の規則が変わったんですよ」

 と、看護師が思い出したように手を叩く。

「感染予防の観点から、お見舞いは週に1度だけ、でお願いしてるんです。
 すみません。言ってなかったですよね?」

 そうだったのですか、と頷く。
 僕が勤務していたころより、厳しくなっているな。
 まあCOVID-19の件もあったし、仕方ないのだろう。

 もっとも、今のところ僕はその規則に抵触していないし、問題ないだろう。
 来週また来るとしても、友人はとっくに退院しているだろうしな。
12 : P   2025/08/09 00:06:45 ID:xUQofeJ4JE
【誰かの笑顔のために戦える人】


 落ちていたタバコの箱を拾っただけだった。

 “イタズラっ子アイドル小関麗奈、事務所の裏で喫煙!?”

 いつの間にか週刊誌に撮られてしまって。
 出演予定だったCMのオファーが消えて、音楽番組も当日キャンセル。

 誰しもが、“ああ、とうとうやったのか”、という顔で見てきやがる。
 事務所のみんなも、プロデューサーさえも。
 これにはさすがのアタシも傷ついた。

「喫煙? 麗奈がそんなことするもんか!」

 けれど光だけは、アタシに覆いかぶさった濡れ衣を、力強く否定したのだった。
 
「アイツは、一線を越えたイタズラはしないんだ!
 たまたま落ちていたタバコを、事務所のゴミ箱に捨てただけなんだよ!!」





 放送終了を見計らって、アタシは光を待ち伏せた。

「……どうしてアタシのことかばったの?」

「? だって仲間じゃんか、アタシたち」

 さも当然、といわんばかりにニカッと笑う。
13 : P   2025/08/09 00:07:05 ID:xUQofeJ4JE
「誰かの笑顔のために戦えるのが、ヒーローだからな。
 それに、麗奈の笑顔を見るためなら、アタシはなんだって出来るよ」

 いつもは、そのまっすぐな瞳が小憎たらしく思えたときもあったけど。
 今は、その瞳にアタシが映っていることが、それほど悪くない事のように感じたのだ。
 
「……一度しか言わないからよく聞いて」

 アタシは深く、何度か深呼吸をする。

「信じてくれて、うれしかった。ありがとう。
 アンタは間違いなくアタシにとって、その……
 …………ヒーロー、だった」

 目線はいつの間にか光から逸れて、最後は小声になってしまったけど。

 光は突然アタシの手を握り、

「帰ろう!」

 と走り出す。
 
「ちょっと、いきなり引っ張らないでよ!」
 
 つんのめりながら、アタシも走り始める。

 ……光の耳たぶが真っ赤に染まっていた。

「あれー? ひょっとして照れちゃってんのー? ひっかるさーん?」

「こ、これは正義の心が燃えているだけだし!」

「ちょっと何言ってるかわかんないわ!
 所詮ヒーロー気取りよね、アーハッハッハ! ……ゲホッゲホッ」

 二人はしゃぎながら、夕暮の街を駆けていく。
14 : P   2025/08/09 00:07:28 ID:xUQofeJ4JE
【クリスマス・キャロル】


 クリスマスに、お互いのお薦めの本を交換しよう、と文香さんと約束をしていた。

 待ちわびた当日は、初雪とともに訪れた。
 いわゆる、ホワイト・クリスマスだ。

 ぎゅ、ぎゅ、ぎゅ。
 薄く積もった雪を、軽い足取りで押し込めていく。

「♪鼓動は速く、前に前にー」

 密やかな鼻歌が白く染まって、空に舞い上がっては消えていった。


 事務所の巨大な正門をくぐると、その先に、誰かの後ろ姿があった。
 ……これが文香さんだったらよかったのだけれど、そんな都合のいい展開は、現実にはそうそうなかったりする。

 弱い陽の光でも映える金髪。
 フレデリカさんだった。
 両手に腰を当てて、白い雪を纏ったお城のような建物を、じっと見据えているようだった。

 声を掛けようか迷っていると――。

「は・か・た・の・塩!!」

 あ、コレ関わっちゃいけないヤツだ。

 そっと後ずさりするも、気配に気づいたのか、フレデリカさんがこっちに振り向いた。
15 : P   2025/08/09 00:07:48 ID:xUQofeJ4JE
「と、いうわけで! クリスマスだねあーりすちゃん!」
 
 あーツッコミたくないクリスマス関係無いでしょとかツッコミたくない。
 むしろツッコンだら負けな気さえしますね。
 でも橘です、とも言わなきゃいけない気がしてきたし……あーもう!!

「あーもう!! て顔をしているね橘氏ー。
 あれ? でもありすちゃん、今日お休みじゃなかったっけ?
 なんで事務所に来たの?」

「ちょっと文香さんと待ち合わせを……。
 文香さん、仕事が入ってるそうなので、その前にこれを渡そうと」

 私はコートのポケットから、紺色のブックカバーに包まれた単行本を取り出してみせる。
 ブックカバーは、私から文香さんへの、ささやかなクリスマスプレゼントのつもりでもあった。
 その色は、なぜだかとても、文香さんに似合いそうな気がしたのだ。

「ふーん。
 ちょっと拝見していーい?」

 私の許可を聞かず、フレデリカさんが本を手に取ってパラパラとめくる。

「『クリスマス・キャロル』、か。
 いいチョイスだねー。
 フレちゃん読んだことないけど☆」

 ありがと、と返された本を、受け取る。

「クリスマスにぴったりの、とても素敵なお話ですよ?
 私にとって、優しい心を持つことの大切さを教えてくれた、大好きな作品です。
 それを、文香さんと共有したくって。
 ……文香さんは、もうすでに読んだことがあるのかも知れませんけれど」
16 : P   2025/08/09 00:08:08 ID:xUQofeJ4JE
「優しい心、か……」

 珍しくアンニュイな雰囲気をまとわせたフレデリカさんに、妙な不安が掻き立てられた。

「フレデリカさん……?」

「ねえ、橘ちゃん。
 人はどうして、優しくなれると思う?」

「それ、は」

 やましい事なんて何もありはしないのに、目線が、泳いでしまう。
 フレデリカさんが、ここであえて“橘ちゃん”、と私を呼ぶことに、何某かの意味が込められている気がして。
 それが分からないままだと、なにか、取り返しのつかないことが起こりそうで。

 だから私は、ひとつ、深呼吸をおいて、フレデリカさんをまっすぐ見つめた。

「大切な人と、大好きなまま、ずっと一緒に居られるようにしたいから。
 だから私は、優しい心を持てます。事務所のみんなにも、優しくなれるんです」

 ――そのなかにはフレデリカさん、貴女も入ってるんですよ――

 口には出せないけれど。
 私は、ほほ笑みかけることでどうにか伝えられたら、と願った。
 フレデリカさんに影を落としている暗雲が、晴れていきますようにと。

「……そっか」

 うつむいたフレデリカさんは、深く、白い息を吐いた。

「フレデリカさん……」

 恐る恐る、フレデリカさんに声を掛ける。
 すると――。
17 : P   2025/08/09 00:08:34 ID:xUQofeJ4JE
「なーんっちゃって♪♪」

 ――いつも通りの小悪魔な笑みが、そこにあった。

 いやむしろいつも以上に満面の笑みというか、いかにも
 “ミッションコンプリーツ! イェッフゥー!!”
 とでも言いたげな雰囲気すらある。

「……は、ハァ!?
 からかったんですか!?」

「ウィ~、シルブプレ↑
 ……ミッションコンプリーツ! イェッフゥー!!」

 本当に言っちゃったこの人!
 しかもフランス語と英語混ざってるし!!
 
「いや~、今度ドラマでけっこーシリアスな役をやることになってね?
 でもフレちゃん、こんなでしょ?
 上手くできるか不安で、ありすちゃんで実験しちゃった☆
 も~るもるもるモルモット~♪」

 わなわなわな、という擬態語が、こんなに身体に馴染む日が来るなんて。

「……さよなら!!」

 猛然と歩きだす私を、フレデリカさんがゴメンて~、と言いながら追いかけてくる。

「今度お詫びするから許して~ふぉーぎぶみ~~」

 ぜったい許すもんか、と思ったけれど。

 けっきょく、気が変わった。

「……ありがとう、ありすちゃん。
 ありすちゃんの優しい心、伝わったからね」

 最後に聞こえた言葉はきっと、気のせいじゃないと思うから。

 立ち止まり、振り返る。
 たった今芽生えた優しい気持ちを、そのままフレデリカさんに贈ろう。

「……メリークリスマス、フレデリカさん。
 良い一日を」
18 : P   2025/08/09 00:08:58 ID:xUQofeJ4JE
【お願い気づいて】


 持ってきた花を花瓶に活けていると、後ろから、懐かしい声が聞こえてきた。

「日曜日なのに、朝早くからすみません。……渋谷さん」

 ひとつ、息を吸ったあと。
 私は彼に振り返る。

「気にしないでよ。これが、今の私の仕事なんだから」

 背、こんなにも大きかったんだっけ。
 周りから誤解されがちだった強面の線が少しだけ深くなって、歳、とったんだなと感じる。
 けれど困ったように首に手をやるその仕草はあの頃のままで、つい、笑みがこぼれた。

「素敵な日曜日に、しようね。プロデューサー。……ううん、武内さん」

 笑みを浮かべながら、私は私を、心の中で嘲笑(わら)ってしまっていた。
 “素敵な日曜日にしよう”、なんてよく言えたものだ、と。

 記憶から這い上がってくる恋情が。
 未だ頭のなかに巣食い続ける思慕の念が。
 嫉妬という絵の具になって、今もなお、私の心を昏く、醜く、塗りつぶしているというのに。

 それでも今、平然と笑っていられるのは、彼の幸せを願っているから。
 私の小さなプライドが、アイドル時代に培った笑顔の仮面を張り付かせているだけなのだ。

 視界の向こうで、女の人が、こちらをじっと見つめていた。
 目線が合うと、彼女は微笑んで軽く会釈をしてきたので、同じように返す。

 今日の、もう一人の主役。
 数時間後にはウェディングドレスを身にまとい、その晴れやかな笑顔を、式場中に振り撒くのだろう。

 ……祝福しなければ、ならない。

 ――そう。
 今日は彼の……武内さんの、結婚式なのだから。
19 : P   2025/08/09 00:09:17 ID:xUQofeJ4JE
「元気そうでなによりです。昔より、笑顔がきれいになりましたね」

 もちろん、彼は私の抱えている闇に気づかない。

 分っている。
 分っている、けれども。

 彼は、私のなにを知っていて、そんなことを宣うのだろう、と。

 抱いた怒りは一方的で、きっと見当違い。
 罪悪感で、また少しだけ、私のなかが昏くなった。

「蘭の花、でしょうか? 他にも別の白い花と、黄色い花が。式場が、華やぎますね」

 彼は私の活けた花瓶に顔を動かす。

「蘭って、この胡蝶蘭のこと? 白の胡蝶蘭は、結婚式では定番の花だよ。花言葉は、“清純”」

「レイアウトにも凝っておられますね。良い配色です」

「白と黄色。一見異なる色が、寄り添って一緒に生きていく感じ、かな。花言葉も、それらしく統一してみたんだ」

 黄色いキンセンカを包むように、胡蝶蘭、アングレカムを並べてある。

「キンセンカの花言葉は、“変わらぬ愛”、アングレカムは、“いつまでもあなたと一緒”」

 ひとつひとつ指さし、説明する。

「なるほど。それぞれに意味があるのですね」

 と彼は得心したように頷いた。

「いい、仕事です。ご立派に、なられましたね」

 誇らしげに、彼がほほ笑んだ。
20 : P   2025/08/09 00:09:43 ID:xUQofeJ4JE
「……やめてよ」

 私は顔を背けた。
 照れたからじゃない。
 かつて私に向けられたその温かい眼差しが、包みんでくれた優しい声が、もう自分の物で無くなったと、考えてしまったから。
 胸の底から涙があふれて、止まらなくなりそうだったから。

「頼りにしていますね、今後とも」

 頷いたとき発した返事が、鼻声でくぐもってしまった。
 もう隠すことが出来そうにない。
 私は目元をぬぐい、唇をゆがめて笑みをつくる。

「もう、式の前から泣かせないでよね」

 とっさに出たにしては良い方便だと思う。
 私の成長を認めてくれて嬉しい、と勘違いしてくれたら、それでいい。

「素敵な結婚式になるでしょう。渋谷さんのおかげです」

 ……違う。
 違うんだよ、プロデューサー。
 私、そんなに立派な人間じゃない。

「……武内さんが喜んでくれて、私も嬉しいよ」

 私、本当は。
 本当は!!

 私の想いに、気づいて欲しかった!

「敬子さんも、きっと喜ぶでしょう」

 敬子さんじゃなくて、私を選んで欲しかった!

 私が先だったのに!

 私のほうが先に、貴方を愛していたのに!!!


 彼が言葉に詰まったかのように押し黙る。
 首に手を当てた彼が、ちらりと後ろを窺う。
 敬子さんが、鼻歌を歌いながらテーブルクロスを敷いていた。
 距離が、さっきより近くなっている気がした。
21 : P   2025/08/09 00:10:02 ID:xUQofeJ4JE
 彼が再びこちら側に向き直ると、は、と思いついたように、

「天気が、悪くなってきましたね」

 と窓に向かって歩き出した。

 その後ろ姿は、昔のままだった。

 物言わぬ大きな背中に、私は声にならない言葉で語りかける。

 ……ねえ気づいてる? プロデューサー。
 持ってきた花にはね、意味が込められているんだよ。

 彼が窓を閉めるその瞬間、最後の風が胡蝶蘭を揺らす。

 ――胡蝶蘭の花言葉は、“純粋な愛”。

 夜に香るはずのアングレカムの芳香が、脳を焦がす。

 ――アングレカムの花言葉は、“祈り”。

 キンセンカの黄色が私の心を照らして、みじめな影を浮き彫りにする。

 ――キンセンカの花言葉は、“忍ぶ恋”。そして――

 ――“失望”。

「じゃあ私、ちょっと外に出てくるね。……ちゃんと式には、間に合うようにするから」

 ゆっくりとドアを閉め、黒く染まった曇天を見上げる。

 分っている、わかってはいる。
 もう気づかれてはいけない。
 結ばれては、いけない。

 でも、せめて、せめて。

 この初恋から積み重なった想いが、無駄になりませんようにと。
 少しでもいい、彼の一部となって、生き続けますように、と。

 そう願うのは、悪い事でしょうか。
22 : P   2025/08/09 00:10:17 ID:xUQofeJ4JE
以上となります。
解説は、11日に投下予定です。

読んでくれた人がいたら、ありがとう。
23 : 毎日変態   2025/08/09 00:11:38 ID:r/ZkkJXo/I
なんだろう、この「必殺の技が撃つのは我が身なのかと」というフレーズの意味を知った時のような背筋の震え具合……

おつかれでやんす
24 : do変態   2025/08/09 01:09:35 ID:liVnjJjFSQ
一番乗りお疲れ様です
一部分からなかったので解説投下までにゆっくり考えたいですね
25 : 矢橋P   2025/08/09 02:02:18 ID:n0EaNgapQ2
自分も半分くらいしかわからないなぁ
答え合わせが楽しみ

乙でした!
26 : 毎日変態   2025/08/09 06:14:34 ID:lSQqqMakPY

こういう意味かな?ってのがいくつか
凛と志希のやつは前半部がどうかかってるのかが分からんかった
27 : プロちゃん   2025/08/10 06:50:39 ID:/kf25V/A0M
高速道路逆走してて草
いや笑い事じゃないんだけど
28 : P   2025/08/11 00:01:03 ID:QXsD2h5e8g
>>1です。
お話の解説を投下させていただきます。

●解説

【ママのきもち】・・・仁奈ちゃんは“ママの気持ち”になるために、ママを“着ぐるみ”にして“着た”。“温かくて、大きくて、重かった”というのは、そういうこと。
【ペーパードライバーなんて言わせない】・・・高速道路で逆走。高速道路のUターンはダメ、絶対。
【自分はすぐに分かったぞ】・・・響の家族を(以下略 、お察しの通り意味怖コピペが元ネタ。
【フレーバー】・・・凛の両親は、秘密裏に大麻を栽培していた。嗅覚の強いハナコは、大麻草の匂いを日常的に嗅いでいたため、アンフェタミン中毒を起こしたのだった。
【お見舞い】・・・昨日発売したばかりのCDが、どうして病院から出られない友人の手元にあるのか。誰が彼に渡した? 看護師はなぜ、桜庭に“言ってなかったですよね?”と言ったのか。→もう一人の桜庭が、桜庭本人より先に友人をお見舞いして、CDを渡していた。
【誰かの笑顔のために戦える人】・・・光はなぜ、“たまたま落ちていたタバコを、事務所のゴミ箱に捨てただけ”と言えるのか。→タバコも、週刊誌も、実は光が仕組んだもの。光は“誰かの笑顔のために戦える人”=“ヒーロー”になるために、麗奈をスケープゴートにした。
【クリスマス・キャロル】・・・本来なら、“両手に”、“腰は”、当たりません。想像したら普通に怖かったのですが俺だけでしょうか……?
【お願い気づいて】・・・武内氏の台詞を縦読み。


 あらためて、ありがとうございました。
29 : プロデューサーさま   2025/08/11 02:24:59 ID:XyvNHJn3I.
>>28
両手に腰だけよくわからなかった。
フレちゃんどういう状態?
30 : P   2025/08/11 03:28:50 ID:QXsD2h5e8g
>>29
例えば腰が二股に分離して、ぶら下がっていた両手にハイタッチする感じを想像して頂けるとイメージとしては近いかも…
いやその様をありすが違和感すら抱かない異常性も描くべきだったかもしれないし、はたまた違和感として描くべきだったか、そこは反省点ですね…
まだまだ修行が足りません
31 : イルデューサー   2025/08/11 09:05:47 ID:Neape0CR86
ごめん、縦読みがよくわからなかった…
32 : P   2025/08/11 09:15:55 ID:QXsD2h5e8g
>>31
「にげられないたすけて」
33 : レジェンド変態   2025/08/11 15:24:31 ID:Neape0CR86
>>32
そういうことか!
ありがとうございます!
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